もう一つの優先席

バリアフリー観察記2002年

もう一つの優先席

 最近は、シルバーシートに代わる「優先席」を見かけるようになった。シルバーシートには「高齢者や体の不自由な方に席をお譲りください」と表示されていたのに対して、優先席では「妊娠している方」「乳幼児をお連れの方」が加わっている。お年よりのための席というイメージがあり、座りたくても言い出せなかった妊産婦や子ども連れの人も対象ですよ、としたわけだ。
「満員電車で席を譲ってくれるのは中高年の一部の女の人。一見チャラチャラしているように見えるアメリカンスクールの生徒も譲ってくれるのに、日本の男性は本当にダメね!」
 妊娠中に妻はそうぼやいていたけれど、お腹の近くに動くものが近付いてきたり、近くに人が立つだけでも落ち着かなくなるという妊婦の心理を、そのときに初めて知った。

 電車に乗っていると、目が不自由なお母さんらしき人と娘さん風の女性が入ってきた。お母さんは70歳くらい。あいにく電車は混んでいて、二人とも奥まで入ることはできなかった。娘さんはドアの左下を確認してからお母さんをドアの正面に立たせ、バランスを崩さないようにドアに手を触れさせていた。
 発車と同時に車両が前後に揺れ、スピードを上げながら線路のうねりに合わせて左右に揺れるたび、お母さんはドアに当てた手で体を支えていた。すると、隣に立っていた男性が何やら声をかけ、次の瞬間、スッと体を入れ替えた。お母さんの体はドアと座席の間の小さなスペースにすっぽりと納まり、体の右側を壁に、背中を座席の手すりに付けてすぐに安定した。
 鮮やか! その一言に尽きる出来事だった。
 ふと見ると、乗車してきたときに娘さんが目をやった左側のスペースには、網棚に上げるにはやや苦戦しそうな旅行用のボストンバッグが置いてあった。

 車いすに乗っている人や白い杖をついた人が電車に乗る場面に遭遇することがある。そんなとき、彼らの多くは集団の後ろに並び、一番最後に電車に乗ってくる。自分たちが先頭にいると、乗り降りのペースを乱してしまうという思いがあるのか、先ほどのお母さんと娘さんもそうだった。そのため、電車が混んでいるときには、座席がある奥まで入ることはできない。その上、ドアと座席の間のスペースも、すでに人や荷物で埋まっていることがほとんどだ。

 電車が次の駅に着いたとき、出入り口は降りる人と乗る人でいっぱいだった。目が不自由なお母さんは、とてもではないがドアの正面に立っていられるような状況ではない。
 混雑しているときには痴漢に狙われやすいということで若い女性には好まれない場所だけど、そこは「もう一つの優先席」なのだと知った。もちろん、そんなことは表示されていないけれど。

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Last Update : 2003/02/24