見えないものを見せる感性

バリアフリー観察記2002年

見えないものを見せる感性

 生卵とゆで卵を割らずに見分ける方法は、だれもが知っているものだと思っていた。でも、食卓の上の卵を前にした義理の母は「そんなのあるの?」と意外にも興味津々。
 正解は、卓上に置いてある状態でコマのように回転させ、手のひらで一瞬だけ押さえ付けて手を放したときの状態で判断する。そのまま静止していればゆで卵、少し回転するようなら生卵。中身が液状の生卵には慣性が働くことを利用した方法だ。何かの拍子に生卵とゆで卵が混在してしまったときにこの方法を使えば、ゆで卵を食べるつもりで生卵を割ってしまうということはなくなるわけだ。

 中身が見えないために不便なことは、身のまわりにたくさんある。例えば電池。使い終わったものと残量があるものは、見ただけではまったく区別がつかない。仕事場の引き出しには、使い古しの単三電池がゴロゴロとしている。取材用の小型カセットレコーダーで使ったものだけれど、この機械にはバッテリーの残量を表示する機能がない。途中で止まってしまっては困るため、取材のたびに新しい電池と入れ換える。その結果、ほぼ新品のものから使い終わったものまでが入り交じって、どんどんと増えていくわけだ。
 瓶ビールやペットボトル入りのジュースなら見た目や持った感触で中身の量が分かるけれど、電池やバッテリーは、持っても振っても、見た目でも手触りでも、もちろんニオイでも中身の様子を知ることはできない。これって、目が不自由な人が日常的に感じている不便さに似ているのかもしれない。

 東京タワーには、見えない人には伝わりにくい「高さ」を体感するための工夫が施されている。屋上と大展望台の間をつなぐ非常階段の手すりには、延々と点字テープが張られている。点字の内容は33編の短編物語。普段ならエレベーターを使ってしまうところでも、手すりを伝い、物語を読みながら階段を上ることで、見えない人にも「高さ」を実感してもらおうというアイデアだ。
 また、あるコンサートではたくさんの風船が天井から客席に降ってきた。この風船は演出であると同時に、会場に響く司会者の声や歌手の歌声などを聞こえない人が風船の微妙な振動で体感し、雰囲気をよりリアルに感じられるようにした工夫だった。

 夏の日に、わずかの風さえも感じられるようにして涼しさを演出する軒先の風鈴も、感じられないものを感じられるようにした日本独自のアイデアだ。そんな繊細な感性を持っている日本人が物作りを得意としていることは、もっともなことだと思えてくる。

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Last Update : 2003/02/24