思考のブラックボックス化

バリアフリー観察記2003年

思考のブラックボックス化

 動物の鳴き声は、国によって表現が違っている。日本語で犬は「ワンワン」だが、英語では「バウワウ」となる。鶏は「コケコッコー」に対して「コックア・ドゥー・ロドゥー」、豚は「オィンク・オィンク」、蛙は「リブ・イット」だそうだ。ちなみに、犬はロシア語で「ガウガウ」だという。
 もちろん、犬が生まれ育った国の言葉で鳴いているわけではない。アメリカの犬だってロシアの犬だって、日本と同じようにワンワンと鳴いている。それでも、犬がバウバウともガウガウとも鳴くのだと知ると、確かに、そうも聞こえなくもないから不思議だ。と同時に、自分には「ワンワン」と聞こえていたのか、教えられたからそう信じるようになったのかが、分からなくなってきた。

 魚柄仁之助さんという料理研究家がいる。奇抜なアイデアを駆使して究極の手抜き料理を実践している料理の怪人だ。炊飯器の使い方一つをとってみても、ごはんと一緒に卵をゆでたり、大豆をもどしたり。さらには、多めの水と米を入れた湯飲みを釜に入れ、ごはんと一緒におかゆや離乳食を作ったりする。著書『ひと月9000円の快適食生活』(Link)を読みながら、無意識のうちに持っていた炊飯器に対する思い込みに気付かされた。
 全身の関節に激痛が走るリウマチを患って車いすを使う生活を送りながらも、趣味の着物を楽しんでいる人もいる(Link)。着物は本来、赤ん坊の寝巻きと同じ形からして洋服以上に着たり脱いだりしやすいこと、カーディガン代わりに羽織を使えばクーラーによる冷えを防ぐこともできることなどを紹介し「着物というものは、こう着なければならないんだと、決めてかかっていませんか?」と問い掛けている。
 魚柄さんとこの女性に共通していることは、思い込みに縛られることのない自由な発想だ。
 
「鶏が先か卵が先か」という禅問答のような難題に、すでに答えが出ているのだと知って驚かされた。正解は、タマゴが先。進化の歴史からして「多細胞生物から単細胞には進化しない」ということらしい。ごもっとも。目からウロコが落ちる思いで納得するとともに、これほど単純明快なことにさえ気付かずにいた自分に気付いて、怖ささえ感じてしまった。「自分は本当に自分の意志で行動しているだろうか」という疑問が湧いてきたのだ。もし、だれかに教わったことを鵜のみにしていたら、無意識のうちにも、すでに差別や偏見、誤解を持ってしまっているのではないだろうか。

 固定観念や偏見、誤解といったものが生まれる原因は「思考のブラックボックス化」にあると思う。答えは知っているけれど、なぜそうなるのかは知らない。数字を当てはめるだけで答えが出てくる方程式は知っていても、方程式が導かれた過程を理解していなければ、式を忘れた途端に問題を解決できなくなってしまう。

 インターネットや情報誌を使って、溢れる物や情報の中から必要なものだけを選択する技術は身に付いた。でも、自分で選択肢を用意することは苦手だ。選択的な思考は発達したけれど、創造的な思考はこれから意識的に鍛えていかなければならない。
 大学生のころ、人の忠告に耳を貸さず、話さえも聞きたくないと思ったことがあった。だれにも影響されることなく、まずは自分はどう考えるのか、その考えを固めたいと思った。ところが、それが不可能であることは、すぐに理解できた。たとえ自分以外にはだれもいない、音も光も空気さえもない真空の世界にいることができたとしても、そうした「環境」からの影響を受けずにいることはできないと思えたからだ。であるならば、物事の意味や本質を自分なりに判断する力をつける以外に方法はないと考えている。

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Last Update : 2003/03/04